成熟社会 都市ストックの再編

計画遺産【ヘリテイジ思考と戦後都市計画史】

都市に刻まれ、積み重ねられた意志、意図に敬意を払い、時間の流れのなかでの自分の志の位置づけを知り、そして、将来を展望する。時豊かな都市を目指して。

Planing Heritage Network(都市計画遺産ネットワーク

藤沢駅南口391街区の保全的再生研究プロジェクト(藤沢駅南口391ビル再開発準備組合、391ビル商店会の方々の協力のもとで進めているプロジェクトです)

 

「都市計画遺産」研究会の一つの狙い

1 都市計画史研究からの展開

都市計画史研究の基本的なスタイルは「都市計画に関する過去の事象を何らかの史料に基づいて歴史として記述すること」である。都市計画史研究が、今後もそうしたスタイルを維持しながら内実を充たし、発展していくシナリオは幾つか考えられるが、何よりも「白紙部分を埋めていく」研究をしっかりと行っていくことが基本となろう。つまり、研究未着手の都市(国内外)、制度・技術、人物・組織、国際交流等の事象を対象とした研究である。例えば、近年、実はこれまであまりよく分かっていなかった地方都市の都市計画の実態について、様々な研究が発表され明らかになりつつあるが、これらはこうした研究の典型であろう。一方で、「白紙部分そのものを自らつくりだし、解明していく」研究も期待される。戦後都市計画史、高度経済成長期都市計画史、更には現代都市計画史研究といった分野の構築である。一定の時間の経過が事象を歴史化する、といった他律的な展開に留まらずに、近過去の事象の歴史化を意図的、意識的に進めていく姿勢は注目される。近過去の歴史化は、常に現在を批判的に捉えなおす眼差しに直結している。また、都市計画史研究は何も「白紙」にのみ展開されるのではない。当然、「既知の事象やその周辺に新しい光を当てる」研究も重要である。おそらく、現代的課題を意識した枠組み設定や他分野からのアプローチがそうした研究をもたらすであろう。新たな問題意識、新たな方法・アプローチによって、これまでもう十分に知っていると考えられていた事実の見過ごされていた別の側面を照射し、解釈する、それもまた歴史研究の醍醐味である。

しかし、都市計画史研究の展開をより広い視野で展望すると、こうした研究のスタイルを継承して充実を図ることと同時に、研究成果、研究史料の社会性/時代性を意識した新たなスタイルの構築も必要になると考えざるをえない。それは、例えば、「現在、将来の都市・地域環境の保全・創造の観点を今まで以上に直接的にスタイルに内包させる」可能性や、「ITの発展、市民社会の充実を前提とした史料作成やアーカイブの新たな技術・手法探求をスタイルに織り込む」可能性の追求である。後者に関しては、すでにオーラルヒストリー、定点観測、デジタル/ネットアーカイヴ、市民主導のインベントリー作成など、これまでのような文献や地図の収集の枠をはみ出す、新たな史料に基づく研究が進められているが、現代における史料の飛躍的増大・多元化を踏まえて(例えば、ウェブサイト等も史料化されることを踏まえて)、都市計画史研究の基盤、足元を早急に再構築する必要があるのは確実である。

とはいえ、ここで特に着目したいのは、前者の方、言い換えると「都市計画史研究と現代の都市計画/まちづくりとの望ましい関係を探求していく」方向での展開である。もちろん、これまでの(特に都市計画学としての)都市計画史研究も、それぞれに現代、将来の都市計画/まちづくりとの関係を真摯に探求してきた。しかし、特に既存の都市空間の改良や改造を主題とした成長期の都市計画から脱却し、既存の都市空間をストックとして認識し、都市環境の安定化を目指す成熟社会における都市計画の姿を追求すればするほど、あるいは景観法や歴史まちづくり法の制定に代表されるような都市の歴史的文脈を踏まえたプランニング、自分たちの暮らす地域の歴史、文化を再発見し、それらを活かす市民主導のまちづくりがある意味揺るぎない存在感を獲得しつつある現代における都市計画史研究のプレゼンスを模索すればするほど、都市計画史研究と現在の都市計画、まちづくりとの接続が緊要に取り組むべき必然的な課題として浮かびあがってくるのである。

「都市計画遺産」は、都市計画史研究の充実という思いと研究の実践に支えられつつ、そうした研究と現在の都市計画、まちづくりとの接点、そして専門家だけではない、一般市民との接点を広げることを意図して、発想された。

2「都市計画遺産」とは?

都市計画遺産研究会では、「都市計画遺産」とは何か、を議論すること自体を一つの重要な目的と認識している。本研究会発足の契機となった「研究交流特別委員会 共同研究組織応募申請書」では、「都市計画遺産」の性質について、次のように書いた。

「「『都市計画遺産』とは何か」ということを議論し、明確化していくこと自体が本研究会の大きな目的であるが、コアメンバーによる事前の議論では、「都市計画遺産」については、おおよそ次のようなイメージで議論を進めることができるのではないかとの意見が出ている。
すなわち、「都市計画遺産」は、狭義で言えば、法定都市計画事業や規制によって生み出された実空間であり、特に未調査の地方都市においてはこの狭義の遺産を把握するところから始める必要があるが、研究会としては、そうした基礎を固めた上で、単に都市計画事業や規制だけではない、多元的な主体による何らかの計画的行為によって生み出された実空間を広義の「都市計画遺産」として扱っていく姿勢が重要である。また、「都市計画遺産」は、必ずしも都市の全体性の評価を前提とするものではなく、身近な都市空間や地域・地区のスケール、つまりまちづくりのスケール感を出発点におくべきである。「都市計画遺産」と従来の建築遺産や土木遺産との相違点は、計画的文脈や意図は従来的な作家的・作品的な価値づけとは異なる何気ない都市空間の意味付けを可能とし、更に個々の都市空間同士の何らかの意味的な繋がりを想起させ、ネットワークとしての遺産としての性質を帯びること、また、建築、土木、造園などといった分断的な都市空間把握を超えて、景観・風景的な空間認識を包含すること、などが挙げられる。
そして、こうした「都市計画遺産」は、伝統的建造物群保存地区や景観地区などの選良的、限定的な都市保全・景観形成制度の限界を超えて、ごく普通の都市の近代以降の都市の履歴(特に法定か非法定かを問わず、多様な都市計画が確かに実施されてきた都市の中心市街地の近代の履歴)の乱暴な消失を防ぎ、本質的な意味での都市の歴史を継承しつつ、それを現在に生きる遺産として十二分に活用して現代的な都市的魅力を生み出すような地区の設定の根拠を提供する可能性がある。」

また、筆者は、第一回研究会で、「都市計画遺産」を巡る論点として、以下のような点を指摘した。

○都市計画をどう捉えるのか?

狭義:法定都市計画(Planning、1919年都市計画法・市街地建築物法以降)~広義:計画的(?)都市形成行為

○実空間に限定するのか、プランや制度、あるいは人物なども含まれるのか? ※heritage~legacyの振れ幅

○建築遺産、土木遺産、ランドスケープ遺産との違いは何か?

○選良主義に基づくのか、それともいわゆる「負の遺産」も含めた全体を扱うのか?(そもそも良し悪しをどのように判断するのか、現在までの「生きられ方」をどのように評価するのか?

○その保全や活用の既存の制度的な枠組み(文化財保護法のカテゴリー等)との関係をどの程度意識するのか?

この他にも、そもそもなぜ、近代のみを対象とするのか、など、数多くの根本的な論点が提出されうるだろう。少なくとも最初の1年間は、「都市計画遺産」とは何か、という議論を大いに展開していきたいと考えている。

3.「都市計計画遺産」を巡る国内外の状況

 3-1 国外の「都市計画遺産」を巡る取り組み

「都市計画遺産」について、海外に目を転じてみると、近代都市計画発祥の地の一つであるイギリスでは、すでに1975年に王立都市計画協会が全面的に財政的支援を行った研究プロジェクトの成果である『Britain’s Planning Heritage』(Ray Taylor etc, Routledge)が出版されている。また、アメリカでは、アメリカ認定都市計画家協会(AICP)が1986年から2008年にかけて、アメリカの都市計画史上重要な計画や事業を対象としたNational Planning Landmark Awardを選定し(⇒文末【参考】)、アメリカ都市計画協会が2007年から都市計画が生み出した優れた街路、近隣、公共空間を選定するGreat Places in Americaプロジェクトを実施している(⇒文末【参考】)。また、オーストラリアではRobert Freestone氏(ニューサウスウェ―ルズ大学教授、前国際計画史学会会長)が中心となり、Planning Heritageに関する全国調査を実施し、その成果を『Urban Nation: Australia’s Planning Heritage』(CSIRO Publishing,2010年)として出版している。

つまり、欧米、そして日本の近代都市計画の誕生から100年ほどが経過した現在、近代都市計画が生み出した都市空間を歴史遺産として評価するという動きは、決して国内に留まるものではない。本研究会では、国際的な動向にも目を配りつつ、ネットワークの構築を模索、実装しつつも、我が国独自の都市計画文化や都市計画史を前提とした「都市計画遺産」の概念と実態把握、保全活用方策の検討を行っていく。そして、本研究会で、日本の「都市計画遺産」の概念と実態を議論、検証した後には、出自において類似性を有する東アジア諸国の「都市計画遺産」の研究との接続、協働も行っていきたい。

3-2 国内の「都市計画遺産」と関連する取り組み

近接する諸学会では、都市計画と関係の深い「遺産」についての研究や議論、選定等を進めてきた実績がある。

日本建築学会は1980年の『日本近代建築総覧』(1980年、日本建築学会 技法堂出版)の出版、以降の追補も含めて、充実した近代建築遺産アーカイヴを作成している。また、近年では、2009年の後藤新平生誕150周年を経て、復興事業の完了を言祝いだ「帝都復興祭」(1930年)から八〇周年という節目を念頭に、歴史意匠委員会帝都復興事業調査研究ワーキング・グループ(2009年‐)が発足し、帝都復興遺産の現況把握とその保全活動に取り組んでいる。

土木学会では、2000年以降、「土木学会選奨土木遺産」を選定している。2005年に出版された『日本の近代土木遺産(改訂版)―現存する重要な土木構造物2800選』(土木学会出版)をはじめ、広く遺産概念の啓蒙を進めているのも土木学会の特色である。また、帝都復興事業に関しては、日本建築学会の該当ワーキンググループと連動して、小委員会を設置している。

日本造園学会でも、例えば2010年3月を締切りとして、「全国に所在する「ランドスケープ遺産」の把握と一覧作成のための事例募集」(造園学会関東支部)を実施するなど、遺産への関心は高まり、議論も蓄積されつつある。

また、現在、日本都市計画学会自体も、60周年記念事業の一環として、過去の学会賞作品の紹介を中心に、戦後の都市計画が生み出した都市空間を省察し、未来につなげるような内容の記念出版を準備している。

一方、文化財分野においては、2004年の文化財保護法の改正により、「地域における人々の生活又は生業及び当該地域の風土により形成された景観地で我が国民の生活又は生業の理解のため欠くことのできないもの」という定義で「文化的景観」が新たな文化財として追加されたが、それに合わせて実施された文化庁による一連の調査、特に、2005年度から2007年度にかけての「採掘・製造,流通・往来及び居住に関連する文化的景観の保護に関する調査研究」では、「都市計画遺産」にも通じる、近代の都市空間の遺産価値を巡る議論が展開され、整理されている。そして、その成果は『都市の文化と景観』(同成社、2010年)として公刊されている。

こうした先行する諸学会等での議論の蓄積に学びつつ、学会内や行政内の検討に留まらない、広く市民に開かれた、都市計画のプレゼンテーションの一つとしての「都市計画遺産」運動を展開していきたいと考えている。

2010年11月13日 都市計画学会WS「『都市計画遺産』の可能性を探る」資料集より

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